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新春経済講演会 第二部特別講演 変革のためのモチベーショナル・リーダーシップ ソニーグループ株式会社 シニアアドバイザー 平井 一夫 氏

1月17日に開催された新春経済講演会において、「変革のためのモチベーショナル・リーダーシップ」と題し、ソニーグループ㈱シニアアドバイザーの平井一夫氏にご講演いただきました。講演では、「超競争」の環境下で従業員に与えられるべき環境や、その実現のために求められる「モチベーショナル・リーダーシップ」について示されました。今回は、講演要旨に加えて、講演後に行われた質疑応答セッションの内容をまとめてご紹介します。

チャレンジと変革がソニーの歴史

 ソニーの歴史は、まさに変革の歴史と言えます。戦後間もない1946年に東京通信工業を設立、1968年にはCBS・ソニーレコードを設立し、創立22年で音楽ビジネスに参入しました。また、1979年にはソニー・プルデンシャル生命保険を設立し、金融ビジネスにも早い段階で参入しています。1988年にはCBSレコーズ(現 ソニー・ミュージックエンタテインメント)、翌年にはコロンビアピクチャーズ(現 ソニー・ピクチャーズエンタテインメント)を買収、1993年にはソニー・コンピュータエンタテインメントを設立してゲームビジネスに参入しました。最近では、2022年9月にソニーとホンダの合弁会社であるソニー・ホンダモビリティを設立、昨年最新EV「AFEELA(アフィーラ)」を発表し、北米を皮切りにバッテリービジネスに参入しました。このように、ソニーの歴史は、常にチャレンジと「変革」とともにありました。

「超競争」の環境下で求められるリーダーシップとは

 私は、今日のビジネス環境を「超競争」と捉えています。「超競争」とは、具体的に技術革新や異業種からの参入、新規参入などが挙げられますが、例えば、参入障壁が高いと言われていた自動車業界においてもテスラが参入し、今ではゼネラル・モーターズ(GM)やトヨタ自動車の時価総額を上回っています。また、技術革新による新たなビジネスモデルも、DXやGXによって長い期間は通用しなくなっています。常にスピード感を持って変革が求められているのが、現在の「超競争」のビジネス環境です。

 こうした「超競争」の環境下で、社員は会社の戦略を実行し、成果をあげていくことが求められています。そのためにも、会社や仕事に誇りと自信を感じながら高いモチベーションを保つことができ、設定された同じゴールや目的に向かって協力し合いながら進めていける環境が必要です。また、社員は恐れずオープンに議論する機会が与えられ、常に革新的であり、一定のリスクを取ることが許されるべきです。そのためにリーダーに求められるのが、社員のモチベーションを上げてピークレベルに保ち、最大限のパフォーマンスを出してもらうための「モチベーショナル・リーダーシップ」です。

5カ条① 正しい人間になる
IQよりもEQを高める

 変革を実現するモチベーショナル・リーダーがすべきこととして、私は5カ条を掲げています。そのうち一つ目は「正しい人間になる」ことです。これが全てで、一番大事なことであり、モチベーショナル・リーダーシップの一丁目一番地です。正しいか間違っているかの議論ではなく、人の上に立つ人間としての要件を満たしているかということです。

 皆さんの会社では、どのような社員がプロモーション(昇進)していくでしょうか。営業で言えば目標売り上げを必ず達成し、プラスアルファの成果を出す、マーケティングで言えば広告代理店とキャンペーン施策を考え、新たなマーケットを次々と開拓していく、管理部門で言えば専門的な知見や技術を駆使し、有効な戦略を提案して実行する、よく言う「できる社員」だと思います。しかしそれは、会社もしくは昇進していく側のロジックであり、リーダーの下で働く側のロジックではありません。人材業界大手が実施した「上司に期待することは何か」というアンケートで、一番多い回答は「自分の意見や考えに耳を傾けてくれる」、次いで「公平・公正に評価してくれる」「明確な判断をしてくれる」「具体的なアドバイスをくれる」「気分に浮き沈みがない」と続いています。

 このことから二つのポイントが分かります。一つは、上司に対していかに仕事ができるか、業績を上げているかには期待していないこと、そしてもう一つは、心の知能指数「EQ」の高さが求められていることです。スポーツの世界でよく言われる「名選手は名監督にあらず」とまさしく同じことが言え、リーダーは、自分の下で働く側のロジックと自らのロジックとのギャップを認識することが重要です。逆に、社員の期待に全て応えられるEQの高い上司の下では、「この人のためなら頑張れる」「120%の力を出そう」とモチベーションが上がります。社員が80%の力しか出さないのか、120%のパフォーマンスをするかで、その会社が成功するか、下り坂になるかは火を見るより明らかです。つまり、リーダーにとって最も重要なのは「IQよりもEQを高める」ことなのです。社長や部長だから偉いのではなく、長く会社にいるから偉いわけでもない。高いEQを持ち、人間としてリスペクトされる人が、部長や社長という肩書きを持って更にパワーアップするのが本質です。特に若いリーダーは、実績を上げてプロモーションされたという自信を持つのは良いのですが、それがリーダーシップに繋がるものではないことを早い段階で理解すると、更なるリーダーシップを発揮できると思います。

5カ条② 高いIQを持ったマネジメントチームを組成する
忖度ない旺盛な議論で正しい経営判断をする

 5カ条のうち2番目に大事なのは、「高いIQを持ったマネジメントチームを組成する」ことです。リスペクトされるリーダーの下にはIQの高いできる社員が自然と集まってきます。なぜかと言うと、リーダーのEQが高く、部下のモチベーションが上がるからです。そうなると、二つの効果が出てきます。一つ目は、マネジメントチームが常に忖度なく色々な意見を出し合って議論をしているため、様々な経営判断の際に正しい判断をする確率が上がっていきます。二つ目は、そうしたマネジメントスタイルを社員が見ることで、社員のモチベーションが上がっていくことです。例えば、ソニーで音楽ビジネスとゲームビジネスを専門とする私が、金融ビジネスにおいて独断で判断したら、社員は「何も分からないのに」と思ってしまいますが、IQの高いエキスパートと一緒に議論を尽くした上で決めていることを見ると、社員のモチベーションは上がっていくわけです。よって、高いIQを持ったマネジメントチームの組成は、モチベーショナル・リーダーシップの重要なポイントとなります。

5カ条③ PMVVを定義する
徹底した落とし込みで会社の文化にする

 5カ条の三つ目は、「Purpose,Mission,Vision,Valueを定義する」ことです。様々な会社の社員の方と対話する際、名刺やウェブサイトに掲げられているPurpose(パーパス)について触れると、「年に数回程度、社長が語るだけ」というような話が聞こえてくることがあります。これは大変残念なことです。PurposeやMission(ミッション)、Vision(ビジョン)、Value(バリュー)は生きたものでなければなりません。また、これらは社長やマネジメントが考えるべきことと思われがちですが、実際には会社全体としてだけでなく、事業やプロジェクト、更には部門や部署など、様々なレイヤーに落とし込まれている必要があります。

 ソニーのパーパスは「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす。」です。例えば、東京の本社で会長や社長がいかに伝え続けたとしても、海外のどこかの工場の部長が自分や自組織には関係ないと感じてしまった瞬間、本社と対比してしまい、グループ全体に一体感がなくなってしまいます。そのため、私は世界中の拠点で「感動」について伝え、「感動」をもたらすための自分の部門や部署における存在意義について議論することを徹底してお願いしていました。そこまでして組織全体に落とし込まないと、本社などの一部の動きとして終わってしまうからです。私は殆どの社内会議で質問する際、意識的に「この商品の感動ポイントはどこですか」「これでお客様は本当に感動しますか」と何度も問いかけ、それを何年も続けました。すると、社員も一過性で言っているのではないと理解し、自ずと「どうやって感動を提供するか」を問うようになり、それが商品やサービス、コンテンツに反映されるように変わりました。そしてそれが会社の文化となっています。名刺に載せるだけ、年に数回話すだけでは文化にはなりません。まず、皆さんがリーダーとしてパーパスやミッション、ビジョン、バリューを常に語り続け、行動に移していただきたいと思います。行動に移すということは、掲げている内容とやっていることがマッチしているということです。これがとても大事なことで、社員はよく見ています。

5カ条④ 戦略立案
土台があれば明確な戦略が立つ

 4番目は「戦略立案」です。この「戦略立案」がなぜ4番目なのかが重要です。これまで述べた、高いEQを持ったリーダーの下で、IQが高いマネジメントチームが忖度なく、会社のパーパスやミッション、ビジョン、バリューについて議論を重ね、それが会社の文化になっている、こうした土台があってこそ、初めて会社は戦略を書けるからです。土台がない中で問題に対してどうするかを考えたところで、何が正しいのかが判断できません。戦略だけを語ろうとすると、空回りして実際には前に進まず、社員からしたらモチベーションが低下する理由となります。

 私は2006年に、ソニー・コンピュータエンタテインメントの社長として日本に戻ったのですが、その時期に発売された「プレイステーション3」はロケットスタートを決められず、出足でつまずいていました。ゲームビジネスは、一度プラットフォームを発売したら、ゲームメーカーにゲーム開発の投資をしてもらうため、赤字であろうとも普及台数を増やすことが求められる、厳しいビジネスモデルです。私は日本に戻ってから、朝から晩まで会議を行い、あらゆる部門とコスト削減のための戦略を議論していました。その時、ある若いエンジニアから「コスト削減の必要性は理解できるが、『プレイステーション3』のパーパスとは何なのか」と問われました。当時、「プレイステーション3」はゲーム機の機能を超えた家庭用のスーパーコンピューターとして開発されていたのですが、どこでコストダウンすれば良いのか分からないと言われたのです。そこから、マネジメントチームで議論を重ね、「プレイステーション3」のパーパスはゲームを楽しむ機械と定義し直しました。そこで初めてどこをコストカットするか、戦略が明確になったのです。戦略が明確になると、次に向かうべき方向性が見えてきます。このように、戦略立案というのは大変重要ではありますが、モチベーショナル・リーダーがすべきこととしては4番目のポジションとなるということを理解していただきたいと思います。

5カ条⑤ 現場に行く
トップがハートで語り情熱を伝える

 5カ条の最後は「現場に行く」です。大きな改革や、それに伴うプロジェクトを進める時に、社員にしっかりと説明をしなければ、そもそも難しいことを成し遂げようとしているのに成功する確率を下げてしまうことになります。だからこそ、責任者が自ら現場に行き、戦略を実行する社員のモチベーションを上げることが重要となります。

 例えば、会社を変革するような、全社を巻き込む大きなプロジェクトがスタートしたとします。その時、各拠点へ説明に来るのが社長でなかったら、社員はメッセージとしての重要性を感じられません。会社の変革であれば社長が、事業本部であれば事業本部長かその上の人が現場に説明に行くことが重要です。私は、社長としての在任期間72カ月のうち70回タウンホールミーティングを実施しました。毎月1回、世界中の拠点で社員と対話する時間を設けていたのですが、それもトップである自分が現場に行くことの必要性が高いと考えていたからです。トップにしかできない仕事には様々あり、時間も限られる中ですが、この「現場に行く」ことはまさにトップがやるべき仕事なのだと思います。

 また、現場で話しをするときには、ハートで語ることが重要です。会社としての大きな変革について、社長が原稿を棒読みしている状況を想像してみてください。社員からしたら、本社から大事な説明に来たはずなのに原稿を読むのかと、モチベーションは低下する一方です。社員は原稿を上手に読む社長が見たいわけではありません。言葉を噛んでも良いから、自分の言葉でメッセージを伝えようとする情熱を社長から感じ取れることが重要なのです。社員は社長の一挙手一投足を見ています。ぜひ、ハートで語っていただきたいと思います。

 そして、語る際に重要なことは、プラス面だけでなくマイナス面も語ることです。改革にはプラス面だけでなくマイナス面があることを、社員は理解しています。むしろ、社員が聞きたいのはマイナス面に対してトップがどう考え、対策をどう講じていくかです。そこまでを含めて説明し、これから検討する段階であればその内容までを説明しなければ、現場に行く意味は殆どないといってもよいでしょう。

インタラクティブな意志の疎通を

 現場では、ライブでの質疑応答時間を十分にとることも必要です。社員に対して事前に質問を募り、その中から回答しやすいものを厳選して当日社長が答えたとしたら、社員はその状況を良いようには捉えません。答えられない、または答えにくい質問がきたら困るからライブで質問を受けないのではないかと考えます。結果、社員のモチベーションが下がるのです。大事な改革やプロジェクトの話について情熱を持って説明しに行くのですから、ライブで質疑応答を行っても問題はないはずです。むしろ、どんどん質問をしてほしいという姿勢を社員に見せることが、社員のモチベーションアップにつながります。

 そして、人間と人間の対話を重視することです。社員からして見ると、社長が話す時、話し方や語彙などから、どうしても上から目線に感じてしまう部分があります。だからこそ、社長や本部長といった肩書きを一度外して、人間と人間の対話として「一緒にやっていきましょう」というスタンスでいないと、せっかくの現場訪問の機会が社員のモチベーションの向上につながらなくなってしまいます。筋書きのない、インタラクティブな意志疎通に基づくリーダーシップにより、ぜひ、現場訪問を社員のモチベーションを上げていく機会にしていただきたいと思います。

「勇気と自信」を持ったリーダーになる

 最後に、これまでの話しに四つほど追加してポイントを話したいと思います。まず一つ目、いかなる状況でもプラス思考のリーダーシップを発揮できるかということです。リーダーとして、業績が良くなかった、取材記事が辛辣だったなど、ネガティブな体験をすることがあるかと思います。その時にどうリアクションするかによって、社員のモチベーションを上げられるか下げてしまうか、結果は大きく変わってきます。ネガティブな状況になったときこそ、プラスに持っていける絶好の機会と捉えるべきで、リーダーの器が試されるのだと思います。

 二つ目は、先ほど述べた通り、人間と人間の関係性を最優先しているかです。三つ目は私のロジックですが、社員はリーダーに完璧な「マシン」であることを求めていないということです。この点に関し、私は三つの「勇気と自信」を持つことが重要だと伝えています。最初に、自分よりも優れたアイディアや考えを認めて採用でき、成功したらメンバーの手柄に、失敗したら自分の責任にできる「勇気と自信」です。次に、知らない、分からないと言える「勇気と自信」。社員が困るのはリーダーが知ったふりをして話を聞かずに経営判断してしまうことです。残る一つは、間違えたと言える「勇気と自信」です。様々な経営判断をする中で、時間の経過や状況の変化によって、考え直した方が良いなと思うことがあります。そうリーダーが思っていることに、社員は気づいているものです。社員は、上手くいかないことが分かっているのにプライドからか軌道修正してくれないリーダーではなく、間違えたことを素直に認め、助けを求めてくれるリーダーを必要としています。この三つの「勇気と自信」は一見、弱みにも見えるかもしれませんが、完璧ではないものの、ちゃんと対応できるリーダーの方が社員のモチベーションは上がるのだと思います。

 四つの補足ポイントの最後は、アジェンダの正しい優先順位を意識・実行しているかです。自分の優先順位が他よりも高くなってしまう方が時々います。経営判断する際に自分の見え方を考えているリーダーを、社員は見ています。自分のことしか考えていないリーダーの下では社員のモチベーションは上がりません。モチベーショナル・リーダーシップを発揮することで、社員がモチベーションを上げ、最大限のパフォーマンスをしてくれたら、自ずとリーダーとしての評価は上がってくるのです。私は、社員のモチベーションを下げてしまうことは、成功の確率を下げることと同義だと考えています。

 日本においては、賃上げ機運の高まりや株価の上昇など、ビジネスに追い風が出てきているものの、これからも「超競争」の環境下であることに変わりはなく、変革のスピードは加速していく一方だと思います。だからこそ、社員のモチベーションを引き上げていけるリーダーに、強くビジネスをけん引していただき、更なる組織の発展につなげていただきたいと考えています。